【第5回】 なぜ「優良企業の社長」が面接審査で落とされるのか(前編)
〜面接審査では「経営者が本当にこの計画を理解しているか」が問われる〜
はじめに
書面審査通過は、スタートラインにすぎない
大規模成長投資補助金の審査は、書面審査と面接審査で役割がまったく異なります。
書面審査では、
- 計画の整合性
- 数値水準
- 成長ロジックの成立性
といった「計画そのもの」が評価されます。一方、面接審査は違います。ここで見られるのは、
「この計画を、本当にこの社長が理解しているのか」
という一点です。
そのため、書面審査を通過したにもかかわらず、面接審査で不採択となる企業は、必ず一定数存在します。
0.面接審査の具体的イメージ(第4回公募の実例)
面接審査というと、「社長が審査員の前でプレゼンを行う場」というイメージを持たれがちです。
しかし、実際の面接審査の構造は、一般に想像されているものとは大きく異なります。

上図は、第4回公募において事務局が公表している面接審査の運営資料をもとに、面接会場の構造と参加者の役割関係を整理したものです。
面接審査は、事業者・経済産業局・事務局・金融機関が同一会場に集まり、審査員は全員オンラインで参加する形式で実施されました。審査員は会場に同席せず、オンライン会議を通じて、プレゼンおよび質疑応答を行います。
また、会場では経済産業局および事務局が進行を担い、面接全体はあらかじめ定められた時間配分と進行手順に沿って進められます。
面接審査は、おおむね次の流れで進行します。
・事業者入室・進行説明
・事業者によるプレゼンテーション(15分以内)
・質疑応答(約50分)
・事業者退室後、審査員による採点
形式上は「15分プレゼン+質疑応答」という構成ですが、実際には、評価の中心は質疑応答にあります。
つまり、面接審査とは「35ページに及ぶプレゼン資料(=成長投資計画)を話すだけの場」ではなく、社長自身の理解の深さが、その場で検証される場だということです。
1.数字が示す、面接審査の本当の意味
最新の採択結果を見ると、
書面審査通過率は約3分の2、面接審査通過率は約7割強
という数字が並びます。
この数字だけを見ると、「面接は形式的なものではないか」と感じるかもしれません。しかし、ここには重要な前提があります。この補助金に申請している企業は、
すでに
- 財務
- 人材
- 経営管理
の水準が相対的に高い企業が大半です。
その「優良企業群」の中で、なお一定数が落とされている。
これが、面接審査の本質を示しています。
2.面接審査で評価されるのは「話し方」ではない
「面接」と聞くと、「プレゼンが上手いか?」「話し慣れているか?」といった要素を想像しがちです。
しかし、審査員が見ているのは、そうした表面的な要素ではありません。
面接審査で問われているのは、次の三点です。
- 事業構造を、社長自身が理解しているか
- なぜ“今、この投資なのか”を説明できるか
- 数字の裏にある因果関係が崩れていないか
これらは、暗記や場当たり的な説明では対応できません。
3.面接審査で評価を落とす社長の典型例
ここからは、実際に面接審査で評価を落としやすい社長の行動パターンを整理します。
① 書面審査を突破して安心してしまう社長
書面審査を通過したことで、「ここまで来たのだから、あとは確認だろう」と考えてしまう社長は、面接審査で高い確率で評価を落とします。
実際に、提出したプレゼン資料の内容から逸脱し、自説を語り続けた結果、面接を途中で打ち切られた事例も報告されています。
大規模成長投資補助金は、「計画を理解していない社長」を、意図的に排除する構造になっています。
② 時間管理ができない社長
すべての社長は、35ページの成長投資計画書を15分以内で説明する という制約のもとで面接に臨みます。
ここで、
最初から全ページを丁寧に説明しようとする、結果として時間切れになるというケースは、決して珍しくありません。
しかし、時間配分の失敗は単なる話術の問題ではありません。重要な論点を選別できていないことが、そのまま露呈します。
③ 社内外の認識が揃っていない社長
面接審査では、成長投資計画書に対して確認書を発行した金融機関の同席が認められています。面接審査においては、金融機関に対しても発言が求められます。
ここで問題になるのは、金融機関の有無ではありません。
- 社長の説明
- 金融機関の認識
これらがズレていると、経営判断の一貫性そのものが疑われます。審査員は、社内外を含めて意思決定が統合されているかどうかを極めて敏感に見ています。
4.まとめ
本稿では面接審査で評価を落とす社長の共通した特徴を明らかにしました。
- 書面通過で安心してしまう
- 重要論点を取捨選択できない
- 周囲との認識が揃っていない
これらはすべて、「準備不足」ではなく「理解不足」の表れです。
後編では、では どの水準まで理解していなければならないのかを整理します。