【第6回】 成長投資計画書の作り方(後編)
~数字もまた、選択の結果である~
前編では、
成長投資計画書の全体像と、その中でどこに意思決定の余地があるのかを整理しました。
本稿では、
成長投資計画書に記載する計数計画(売上、利益の水準や、人件費をどのように
上昇させていくかの具体的な数値計画のことです)について解説します。
このふたつの考え方は全く同じです。
この補助金の事業計画は、自由に作るものでも、創意工夫を競うものでもありません。
大規模成長投資補助金においては、制度として定められた枠(フォーマット)があり、
その枠を前提にしたうえで、どこで勝負し、どこで割り切るかが問われます。
1.「目指すべき水準」は、すでに決まっている
大規模成長投資補助金では、一次審査において定量評価が行われること、
そしてその評価にあたって公表されている15項目の評価指標と、
その中央値が存在することです。
中央値とはデータを小さい順に並べたとき中央にくる代表値のことを言います。
この15項目の評価指標の多くが、採択企業の中央値を下回る計画は、
一次審査を突破することは難しいでしょう。
自社の現状の数値をどれだけ飛躍的に向上させる計画を作っても、
その結果が採択企業の中央値に達しない場合には難しいということです。
このことは、1次審査で不合格となった企業に対し、下図の不採択理由書が通知され、
そこには評価指標の分類ごとの採点結果が示されていることからも明らかです。
この結果を中央値との比較で分析すると、
採択のための様々なヒントを得ることができる補助金であることは非常に興味深い点ですね。

公募要領には「1次審査は定量面を中心に審査する。」と明記されていますが、
この「定量面の審査」とは、
「評価指標の達成率を相対評価する。」という意味と考えるべきでしょう。
では、公表されている評価指標の中央値を見てみましょう。
下表は第4回公募における採択企業と全申請企業の中央値です。

① 経営力
経営力の区分では、
- 全社売上規模
- 全社賃上げ予定
- 全社売上に占める補助事業売上割合
が問われます。
採択者の中央を見ると、
全社売上は3年間で年平均17%(複利)成長、実額では約61億円の増加となっています。
逆算すると、
補助事業開始前の売上規模はおおよそ100億円程度。
(100億円 × 1.17 × 1.17 × 1.17 ≒160億円)
つまり、100億円規模の企業が、3年間で約60億円の売上増加を達成する水準が中央値です。
中小企業にとっては敷居の高い水準ですが、規模そのものが絶対条件というわけではありません。
実際、年商10億円以下の規模の企業でも、年平均20%程度の成長計画で採択されています。
また、全社売上に占める補助事業売上割合の中央値は100%です。
これは、採択企業の半数以上が、
会社の本業そのものを補助事業として位置づけていることを意味します。
既存事業とは切り離した新規事業型は、むしろ少数派と推察されます。
② 先進性・成長性
ここでは、
- 補助事業の売上成長率
- 売上増加の実額
- 労働生産性の伸び率
- 付加価値額の増加実額
が問われます。
補助事業売上の中央値は、複利年率26%、実額53億円増。
会社全体と同程度の高成長が前提とされています。
ここで重要なのが、労働生産性です。
労働生産性とは、一人当たり付加価値額を指します。
付加価値額とは、償却前営業利益と人件費の合計であり、
給与支払い前にどれだけのキャッシュを生み出しているかを示す指標です。
補助事業従業員の労働生産性の中央値は、複利年率30%の伸び、
付加価値額の増加実額は21億円です。
つまり、中央値水準では、
一人当たりのキャッシュ創出力を毎年約3割引き上げ、
補助事業全体で21億円のキャッシュ増加を実現する計画が求められています。
③ 地域への波及効果
ここでは、
- 補助事業に従事する従業員の賃上げ率
- 賃上げ実額(従業員・役員を区分)
が問われます。
中央値では、補助事業従業員の賃上げ率は約6.5%(複利年率と推察されます)。
成長と同時に、高水準の賃上げを前提とする制度設計であることが分かります。
④ 大規模投資・費用対効果
ここでは、
- 全社売上に対する設備投資比率
- 補助金額に対する付加価値額増加割合
が問われます。
中央値では、設備投資額は直近期売上の47%に達します。
さらに、申請補助金額の約2倍の付加価値額増加が求められます。
この補助金の名称どおり、大規模な投資と、それに見合う成長が前提となっています。
⑤ 実現可能性
最後に財務健全性です。
ローカルベンチマークによる評価、すなわち純資産比率、営業利益率、売上成長率
などが同業他社と比較されます。
一定の財務体力を備えていることが前提となります。
結論
以上を整理すると、
計数計画は、「このくらいなら通るだろう」という感覚で組み立てるものではありません。
制度が要求するレンジが、あらかじめ示されている世界です。
言い換えれば、
あるべき計数計画の水準は、制度によって規定されています。
多くの企業にとって、この水準は「背伸び」ではなく「跳躍」です。
一般的な長期経営計画とは全く異質のものです。
しかし、恐れる必要はありません。
評価指標の中央値は合格ラインではなく、採択企業群の統計的中心に過ぎない
ということも、また事実です。
年商50億円程度以下の中小企業であっても、
評価指標ごとの重要性を想定し、
自社の現状を踏まえたうえで取捨選択を行えば採択の可能性は十分あります。
年商10億円以下の企業であっても、
成長性、賃上げ率、投資実額と投資採算を最重要指標として位置づけ、
高い独自性と説得力ある成長戦略を武器にして採択に至ったケースもあります。
2.計数計画の「書き方」も、すでに決まっている
次に、形式面の話です。
計数計画についても、申請者が自由に様式を設計できるわけではありません。
公表されている成長投資計画書のひな形に沿って、必要な数値を記載していく。
基本的には、それだけです。
特別なフォーマットを用意したり、独自の様式で工夫を凝らしたりする必要はありません。
前編で述べたとおり、成長投資計画書は「問われていることに答えていく資料」です。
計数計画も例外ではなく、
定められた枠に、淡々と数値を当てはめていくという姿勢が求められます。
下の図は、事務局から与えられる「成長投資計画」のひな形です。
「先進性・成長性」の説明として、このひな形を埋めていく必要があります。
工夫できる箇所といえば、上部の(スライドの内容を簡潔に記載)の部分、
各表の内容についての説明文程度であることがわかります。

3.それでも、申請者が考える余地は残されている
ここまで読むと、
「では、計数計画に創意工夫の余地はないのか」
と感じるかもしれません。
確かに、申請者に求められる計数計画の水準感は、はっきりと示されています。
しかし、
すべての評価指標を高水準(つまり中央値を超える水準)で揃える必要はありませんし、
そのようなことを目指す必要はありません。
数字として作ることはできても、
それが実現可能性の高い計画であることを説明することは事実上不可能でしょう。
むしろ、
事業の特性を考えれば、強みが出る指標と、割り切るべき指標が存在するのが自然です。
重要なのは、
どの指標で勝負し、どの指標については「この水準であれば十分」と判断したのか。
この取捨選択は、
前編で述べた「残り10ページをどう使うか」という話と、本質的に同じです。
4.定められた様式以外で、何を補足するか
もう一つの判断ポイントは、様式外の計数資料をどう扱うかです。
ひな形に沿った計数計画だけでは、事業の前提や因果関係が十分に伝わらない場面もあります。
例えば、実現可能性について、
指標として使用されるのはローカルベンチマークの得点だけですが、
計数計画において、それ以外に説明すべきことがあるというのは、明らかでしょう。
その場合に初めて、補足資料を作成する意味が出てきます。
ここで重要なのは、「数字を増やすこと」ではありません。
- なぜ、その補足が必要なのか
- どの前提を理解してもらいたいのか
この点が明確でなければ、補足資料は読む側の負担を増やすだけになります。
計数面での補足説明資料には、下記のようなものを加えるのが合理的です。
- 単価設定と販売数量見通しに基づく売上算定根拠
- 資金調達計画・資金収支計画
- 年度計画の全体像とストレステスト
5.計数計画で問われているのは、「当たるか」ではない
計数計画というと、「数字が当たるかどうか」が気になる方も多いと思います。
しかし、審査の観点はそこにありません。
未来の数字が正確に当たるかどうかを、審査員が判断できるはずがないからです。
審査で見られているのは、
前提と因果関係が説明できているか、
そして、
どこが崩れた場合に、事業全体がどう影響を受けるのかを
理解しているかという点です。
6.ストレステストは「弱気」ではない
その意味で、ストレステストは悲観的な作業ではありません。
むしろ、
自社の事業を冷静に見つめていることの表れです。
- どの前提が崩れやすいのか
- どこまでなら耐えられるのか
これを把握している計画は、読む側にとって非常に安心感があります。
7.計数計画は「覚悟」を示すもの
計数計画に書かれている数字は、希望や願望ではありません。
「こうなりたい」という話ではなく、
「こうなった場合に、こう対応する」
という覚悟です。
前編で述べたとおり、成長投資計画書は取捨選択の結果です。
計数計画もまた、同じ考え方の延長線上にあります。
8.後編の結論
超えるべき水準は、すでに決まっている。
書き方も、すでに決まっている。
その上で、どこで勝負し、どこで割り切るか?
この意思決定こそが、計数計画の本質です。
数字は、事業を説明するための道具であり、申請者の理解度と覚悟を映し出す鏡でもあります。
前編・後編を通じて、成長投資計画書とは何かを考えるヒントになれば幸いです。